コラム

「自主性」「主体性」を損なわないティーチングのしかた

前回コラムの「コーチはティーチングしてはいけないのか?」の続きです。

前回コラムでは、コーチングの価値はクライアントが自主的、主体的に自らの思考、行動、結果に責任を持ち、当事者で居続けることをサポートすることで、このクライアントの“自主性、主体性を損なわないティーチング”であれば、コーチングセッションの中でティーチングをしても問題ないとお伝えしました。

では、コーチングセッションの中でどのように自発性、主体性を保ちながらティーチングをするのか。今回のコラムでは具体例とそのポイントをお伝えします。

目次

「自主性」「主体性」を損なわないティーチング事例

わかりやすい展開例としてGROWモデルのOption出しの場面でのティーチングをご紹介します。

「自主性」「主体性」を損なわないティーチングのしかた

コーチ:「なんとしても今月の売上目標を達成したいんですね。では売り上げを上げるために、今のAさんにとって必要なモノはなんですか? 思いつく限りすべて出してみてください。」

クライアント:「必要なモノ…。見込み客、商品知識、提案件数、営業スキル、競合調査、市場分析、上司先輩のアドバイス……。〈長い沈黙〉」

コーチ:「それですべてですか? 出し尽くした感じですか?」

クライアント:「う~ん…。そうですね、だいたいこんな感じだと思います…。」

コーチ:「Aさんを見ているとまだ出そうに思えます。あともう1つ挙げてみてください。」

クライアント:「あと1つ、、、は、はい。あと……。〈長い沈黙〉 あ、売れてる同僚との情報交換ですかね。」

コーチ:「素晴らしい! Aさんには売り上げを上げるためにできることが、まだこんなにあるんですね! では、これらを効果性の高い順に順位をつけるとどうなりますか?」

クライアント:「効果の高い方から…、見込み客、提案数、営業スキル、商品知識、同僚と情報交換、上司のアドバイス、競合調査、市場分析ですかね。」

コーチ:「いいですね! 効果性の優劣は明確ですね! ちなみにAさんが挙げられたこれらは、概ね新規契約のために必要なモノが多いように思えますが、新規開拓以外で売り上げを上げるためにAさんに必要なものはどんなものがありますか?」

クライアント:「新規開拓以外…。既存顧客ですかね。既存顧客にできること…。あ、リピート発注の打診。」

コーチ:「いいですね! また売り上げを上げるためにできることが増えましたね! 他にはどんなことがありますか?」

クライアント:「う〜ん…。〈長い沈黙〉それくらいですかね。」

コーチ:「なるほど。では既存顧客へのリピート発注打診は先ほどの優先順位では何番目ですか?」

クライアント:「これはすぐにできることでもあるので2番目ですかね。」

コーチ:「2番目、素晴らしい! Aさんの既存顧客に“すぐできること”で思ったんですが、既存のお客さんに紹介のお願いをすることはAさんの売り上げを上げるのに必要ありそうですか? (続けざまに)もしあるならその順位は何番目ですか?」

クライアント:「紹介のお願いもさっきのリピート打診と同じくすぐにできるので、2番目か3番目ですかね。」

コーチ:「素晴らしい! ちなみに紹介のお願いはどのようにお願いしますか?」

クライアント:「電話かアポイントをとって直接お願いする、ですかね。」

コーチ:「なるほど、いずれも口頭で、ですね。口頭以外にはどんな方法がありますか?」

クライアント:「口頭以外…メールは失礼なので…。あ、アンケートみたいなものを作って、そこに《紹介したい会社》って欄を作るのも面白いですね! 効率良いし、口頭よりも多くのお客さんに打診できそうですし。」

コーチ:「それ面白いですね! Aさん、素晴らしいアイデアですね! ちなみにそのアンケートの効果性は何番目ですか?」

以上、クライアントの自主性、主体性を損なわない、ティーチングの具体例です。

「自主性」「主体性」を損なわないティーチングのポイント

ここではコーチの頭の中にある、お客さんへの「紹介依頼」という手法をクライアントに与えるという判断をし、ティーチングをしました。

しかし、クライアントのAさんはこのセッションが終わったときに、コーチから「紹介依頼」という方法をアドバイスや指導、情報を与えられたという感覚はあまりなく、自分の中から出した感覚すらあるのではないでしょうか。

つまり、クライアントの自主性を阻害することの少ないティーチングだったはずです。
では、このセッションのフロー解説します。赤文字は大切なポイントです。

①自らアイデアをできるかぎり絞り出してもらう

ここは通常のGROWモデルでのOption出しです。クライアントの中にあるアイデアをできる限り多く出してもらい、我がコトとして100%当事者になってもらいます。アイデアの質より数を優先し、ひとつでも多く出してもらうことを重視します。

たいていの場合、どれだけクライアントがすべて絞り出したと思っていても「他の○○さんならこんな時どうするでしょう?」など視点を変えてもらうとさらに出てくる可能性があります。

上の例のように「あと1つだけ挙げてみてください」と促すことも有効的です。それでも出てこない場合には「では今から私は1分間黙っています。その間に頑張って考えて、1つだけ絞り出してみてください」と再度促してみてください。

クライアントの可能性を信じて、安心して促してみてください。きっと出てくるはずです。ここではコーチは数にこだわってください。

②それらに効果性の順位を自ら決めてもらう

チャンクアップのひとつですが、クライアントが深く思考を巡らせ、そして自ら(順位を)決めるというフローになっています。また後の“自主性を損なわないティーチング”をする際に活用するもので、後の④の質問を回収するための伏線(受け皿)でもあります。

③クライアントから出る可能性を再度探る

「新規開拓以外でどんなことがありますか?」と「紹介依頼」が出る可能性がありそうな思考の視点変えの質問をする、つまり質問の形でヒントを投げかけています。この時点でも、あくまでクライアントの中から「紹介依頼」が出ることを最優先し、コーチから情報提供する選択を排除し続けています。

④自主性を損なわないよう情報を提供する

それでも出てこなかったので、ここでコーチは「紹介依頼」の手法をティーチングをする(アイデアを与える)判断をしました。

クライアントの発言内容によりコーチが思ったものとして「紹介依頼が効果があるか」の質問すると同時に、続けざまにその効果性順位を考えてもらう質問をする

これまでのクライアントの自ら考え、決めるというフローの中にそっとアイデア提供を質問形式で投げかけ、続けざまに効果性順位を問いかけ、引き続き自ら考え、決めるのフローを繰り返してもらいます。

⑤提供した情報をさらに深掘りする

続けて「紹介依頼」だけを掘り下げます(チャンクダウン)。「紹介依頼」のそのやり方をどうするかを質問し、出てきた答え以外、他にどんな方法があるかを聴き、思考を巡らせてもらい、派生するアイデアを出してもらいます。

⑥そのアイデアをクライアントから出たものとして扱う

そのクライアントから出たアイデアを、先に出たOptionのひとつとして扱い、同様にそれの効果性順位を問いかけます。「紹介依頼」ではなく、クライアントから出てきた「アンケート作成」をこれまでの自ら考え決めるのフローに組み込みます

以上が例文の解説とポイントです。

当然、実際のセッションの中ではこのような展開にならない場合がほとんどですが、意識すべきポイントはご理解いただけたのではないでしょうか。

また、例文の場合以外にもティーチングする場面はあります。

クライアントがいつもは自分で考え尽くす方で、その直面した大きな課題に対しても真摯に向き合い、考え尽くし、コーチのいろんな視点での問いかけでも何も出ずご自身が現状を八方塞がりだと感じている場面

しかし、コーチには選択肢が浮かんでいる場合のコーチングは、その選択肢をそのままティーチングするのではなく、前回コラムの枕詞を活用したり、コーチ自身、もしくは他の誰かの実例、経験談としての具体例を紹介する形で情報提供をします

また、コーチからの問いかけへの答えや気づきなど、クライアントからのアウトプットを強化や承認(励まし)となり得る知識情報の提供や補完すべくエビデンスを伝えるとき

この目的にコーチの我欲が一切存在せず、伝えることでクライアントにとって自発性、主体性を損なうリスクもなく、プラスでしかないと判断したときにのみにティーチングをします。

このように、例文以外にもティーチング場面はありますが、どの場面においても、そのティーチングはクライアントのためだけに行うもので、そのティーチングをする判断も慎重に行わなければいけません

ティーチングではなくコーチングに助けられた

私はプロコーチとしてのスタートは、中小企業4社の経営陣と管理職、そしてそのセールスパーソンたちおよそ30名からでした。

どのクライアントもこれまでコーチングどころか、研修などの社内教育の経験ほとんどがなく、その社員さんたちのコミットメントは極めて低く、皆さん表出のしかたに差はあれ、強い抵抗心と防衛心、警戒心を持っていました。

ほとんどの社員さんが“コーチング”を知らず、私のことを営業成績を上げるために社長が仕向けた営業コンサルだと思っていました。そんな皆さんとのセッションはとても難しいものでした。

初回セッションでは名刺交換を断られたり、中には「この時間寝てますので、適当に時間を潰しててください」とあからさまに拒絶の意思表示をされる方もいました。まさにサバイバルでした。

このように極めて難しいクライアントたちとのセッションではコーチングの質問はもちろん、ティーチングも通用しません。
ただ、対等、承認、絶対的味方、自己開示などクライアントの対応に影響されずにできるコーチとしてのマインドと立ち居振舞いは可能で、それを貫き続けることで状況は好転していきました。

そうです、結局打開してくれたのはティーチングではなくコーチングでした。

周知のとおりコーチングは万能ではありません。しかし、皆さんが思っている以上にコーチングには力があります。前述のように私も何度もコーチングに助けられ、コーチングの力を思い知った経験を何度もしてきました。皆さん、もっとコーチングの力を信じてください。安心してコーチングの可能性を信じてください。

前回に引き続き、今回のコラムでは「自主性、主体性を損なわないティーチング」をテクニック寄りな内容でお伝えしましたが、テクニック以上にコーチには心組み(マインド)がとても大切です。

それはただちにティーチングを選択することなく、クライアントの中から答えや気づきが出てくることに執着することです。

この執着の源泉は、コーチはクライアントにとってどういう存在かを認識していることと、クライアントの可能性を信じて続けることに尽きます

「コーチの赤本」からひとつの則を記します。

第2則
クライアントの可能性を、クライアント以上に信じよ。
決して裏切られることはない。

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