営業スキルのステージが変わったトップ営業マン時代(森謙吾プロフィール9)
私は、営業マンとして“2段階の目標とひとつの決め事”を持っていました。
目標の1段階目は、
“テレマで異次元の高確率でアポイントをとり、アポイントに行けば必ず契約し、決して手ぶらで帰ってこない”こと。
そして次の2段階目の目指す究極は、
“初めて電話をかけ、その電話でお顔も知らない先方さんと会わずして、電話だけでご契約をいただく”こと。
そしてひとつの決め事は、
“契約後、すべてのお客さんに森と契約して良かったと喜んでもらい、そして公私ともに一生のおつき合いする”ことでした。
この目標1段階目の“手ぶらで帰らない”ことは、前述した「さまざまな営業手法」や「心理テクニック」では限界がありました。そもそも容易な低い目標でもありませんし、私に罪悪感というブレーキがかかっている状態でもありますから当然です。
この頃社内では、今まで「売上げ計上」だった営業マンのランキングが「粗利計上」に変わりました。今までは、大きな棒グラフで事業部ごとの売上げが掲示されていたのですが、それが粗利計上に変わると同時に、全社員個別の粗利ランキング表が掲示されるようになりました。
この段階で、その当時先輩上司含めた200人近くいた営業マンの中でトップにもなりましたが、通過点でしかない私はそれは大きな喜びではありませんでした。ただ、今までは雰囲気だけで「スゴイ人」だと思われていた営業マンが実際そうでもなかったり、「営業資質のない暗いやつ」だと思われていたであろう私がトップになることで、他事業部の人たちの私に対する接し方が変わったことはすごく憶えています。
さらに私は、スキルアップすべく、その1段階の目標のさらに高みを目指す中で、ひとつの答えを見つけました。それはこれまでの先方さんの心理をどうこうするという視点ではなく、自分の心理に焦点を当てることでした。
先方さんが既知の方だろうが、初めてお会いする方だろうが、お会いした瞬間に、私の先方さんに対する愛情の心理を飽和状態まで大きくすることでした。要は、相手が誰であれ、会った瞬間に心から大好きになることでした。
「好きだ」と思い込もうとしても先方には何も伝わりません。思い込むのではなく、本当に心から大好きになるのです。
当然、最初はなかなかうまくいきません。
しかし、チャレンジし続ける中で、私の愛情をいつ如何なる時もすぐに発動させるもっとも良い方法は、先方さんの良いところ、私が好きだと思えるものを瞬間に見つけることでした。
すぐに見つからなくても、話していると必ず見つかります。それを続けると、誰にでも必ず素晴らしいところがあることがわかりました。するとだんだん、あることがわかっているものをわざわざ探さなくても、大好きになれるようになってきました。そして、私が心から大好きな気持ちを持つと、先方さんの反応がすぐに変わるのです。
おかげで、お客様の数がかなり多くなり、私のためにアシスタントのアルバイトを雇用してもらっていた時期もありました。
これまでの営業スキルアップのためのインプットで得たセールステクニックやセールス心理学が無駄だったとは思いません。営業に対する強いコミットにそれらの技術が加味したことによって私に多くの売り上げをもたらせてくれたのは確かです。
しかし、この「お客様に対しての自分の心理に焦点を当てること」によって、私の売り上げの結果にもさらに結びつきましたし、何よりクライアントのリピート率アップと、そのリピート単価が上がっていきました。
そのお客様への強い愛情から出てくる私の言葉や態度、すべてのものは、それまでに学んできたさまざまな技術より力を持ったものだったと思います。
営業スキルが今までの曲線での上昇ではなく、ポンっとステージが変わった感覚でした。
なお、前提としてとても大切だったのは、私は自社の扱う商品・サービスは本当に良いものだと思っていたこと、そして、それを販売する森という営業マンの「お客様を想う気持ち」に大きな信頼をおいていたことです。そこにはかなり自信がありました。
セールス手法を使って罪悪感を感じてしまうほどの性格なので、少しでも良いと思えないものを売ることは到底無理です。
前述した、私の営業マンとしての決め事、 “契約後、すべてのお客さんに森と契約して良かったと喜んでもらい、そして公私ともに一生のおつき合いする”。これを実現するには、良いものの納品責任と、その後のフォロー責任を強く持つことです。それは、“責任”というより“覚悟”の表現の方が適していたように思います。
いつも営業をかけながら、「契約していただいて、私を担当営業マンにすることは絶対にオススメですよ!」返せば、「私と契約しないとホント損ですよ!」と心の底から思っていました。
この想いがなければ、間違いなく私は全然売れなかったでしょうし、売り上げを上げる努力もできなかったと思います。今思えば、このマインドを持っているだけでも営業マンというのは結構売れるはずですね。
また、営業だけでなく、ビジネス上でのさまざまなトラブルは起業するまでにたくさん経験しておこうと考えていたので、クライアントさんからのクレームや無理ごと、業者の不手際など誰もが避けたいと思うことが発生するとワクワクする自分がいました。
そんな営業漬けの日々をおくる中で、当初の人と接することの苦手を克服できたと共に、営業に関しては誰にも負けないという強い自信を手にしていました。(人前で何か話す、特に何かを読むときに震えてしまう課題は持ち越しですが)
そして起業予定の25歳を越え、以前から起業の意思をお伝えしていた上司の下村さんに、改めて自分の意志を伝え、退職することが決まりました。しかし、その頃私の中に会社を辞めたくない、仕事も楽しいし、同じ事業部のみんなともっと一緒にいたい気持ちが募っていました。
退職にあたり、私のお客様を他のメンバーに引き継ぐスケジュールを決めるのですが、その数の多さもあるのですが、何より辞めたくない、一日でも長くこの会社にいたい想いから、わざと引き継ぎのためのアポイント設定を先に先に延ばしていました。
が、しかしその抵抗も続くわけもなく、私を育ててくれた会社を後にしました。

