下村さんのコーチングスクールを受講することに(森謙吾プロフィール17)
もう、何もかも終わらせようか…そこまで考えていた頃に、下村さんから連絡が入ったのです。
「明石にいると聞いたけど、今度三宮に行く用事があるから会わないか?」と。
今まで、経営者たる者、苦しいところは誰にも見せてはいけない、バレてはいけないという価値観を持っていました。下村さんは私が誰より自己開示させていただいた方でしたが、自ら経済的に苦しんでいることを言ったことはありませんでした。
私はその価値観を貫き、虚勢をはる元気もなく、「三宮に行く電車賃がないんです。」と伝え、下村さんは明石まで来てくださることになりました。
数日後、明石の居酒屋で、下村さんに聴かれるまま現状をお伝えしました。
下村さんは「けんの強みは営業だろ。前職に戻ったらどうだ?社長には僕から話ししてあげる。」と言っていただきましたが、もうその時は営業どころか、人に会うのも怖くなっているので首を縦に振ることができませんでした。
また、下村さんが言ってくださるように、自分の強みが営業であるなら、今はそれすらできないようになっていることにさらに無力感も感じました。
それでも下村さんは諦めずにいろんな可能性を探ってくれました。
その中で、私と下村さんの共通の知り合いが営業できる人間を探していることを思い出され、その人に私のことを話してみようかと提案してくれました。それに対しては、その場で判断できる情報がなかったので、とりあえずお話を聞いてみますと返事をしました。
ちなみにその時、下村さんはその後もコーチングを続けながら、神戸にコーチングスクールを立ち上げていました。
数日後、その共通の知り合いから電話があり、毎週2日、クライアント先の営業マンに同行して営業指導するというものでした。月額10万円の仕事で、今思えば極めて薄謝ですが、その時は定期的に一定のお金が入ってくるありがたさと、下村さんのご好意に対してもお受けすることを決めました。
しかし、きっとこの仕事は長くは続かないだろうと感覚的に感じていました。返せば、この月額10万円は続かないということです。であれば、このお金を将来のために使えないかと、ここに来てはじめて将来に目を向けることができたのです。
思い返せば、私のこれまでの人生で岐路にあたるとき、大切な局面でいつも下村さんが現れる。下村さんの近くにいれば、何かが変われるんじゃないか、やり直せるんじゃないかと。
そこで、下村さんのコーチングスクールを受講することに決めました。
この後、下村さんのコーチングスクールにて、自分を内観し、今までの自分を振りかえり、自分と向き合う時間をたくさん取ることになります。この期間については、あまりに多くの気づき、多くの変化があり、書ききれるものではありません。お会いしたときに、聴いていただければと思います。

