コラム

大きな「苦手」が誕生した高校時代(森謙吾プロフィール3)

社長になる決断は引き続き握りしめていた私でしたが、どうすれば社長になれるのか、何をすれば良いのか、その方法は皆目見当がついていませんでした。そんなある日、1年生時の担任の先生との休み時間での会話が、その後の私の生き方に大きな影響を与えました。

「森、先生は昔水泳部に入っていたんよ。なんでかわかるか?」
「え、わかりません。泳ぐの得意やったんですか?」
「ちがう、先生はカナヅチだったから水泳部に入ったんよ。」

たったこれだけの会話だったのですが、その先生のことが好きだったこともあって、中学1年生の社長を目指す私には大きな指針となるものでした。
そして決断したのです。

「社長になるために苦手をなくしていかなきゃダメだ。苦手なことばかりやっていこう。」と。

その後の人生での折々でてくる岐路や選択の場面で、自分が苦手だ、嫌だと思う方を選ぶと決めたのでした。

その後、当時男子校であった大阪の私立高校に入学しました。

この学校はとにかく先生が怖く、今では大問題になるであろう教師の体罰が横行している高校でした。中でも英語の先生がラグビー部の顧問の先生で、とにかく難癖つけては生徒をボコボコに殴る蹴るする人でした。

そんな高校2年生のある日の授業中、頭がとても良く、英語の成績も私より良い同級生が体罰に値しない理由で、私たちの眼の前でその先生からボコボコに体罰を受けたのです。

「◯◯(その生徒の名前)、◯◯ページ読め。」の先生の指示した声が聞こえにくく、その同級生が聞こえるか聞こえないかの声で「え?」と反射的に口にしたことがその先生の琴線に触れました。

先生はゆっくりその生徒の席まで行き、その生徒の胸ぐらを掴んで立たせ、殴る蹴るの体罰が始まりました。

私より成績の優秀ないわゆる優等生が何度も殴られ、床に沈んだ姿を見て、私はどうしようもない恐怖に陥ったのです。そして次の瞬間、少し息のあがった先生は教室を少し見回し、目が合った私に「お前読め。」と恐ろしい表情と小さな低い声で指示したのです。

中学校から今まで、英語のテストでの最低点は94点と学校の英語の授業でわからないことが何もない、英語が得意な私でした。もちろん、その時読めと言われたページは何の予習もなく、いつでもすぐに読めるものだったのですが、恐怖におののいている私は、その内容に関わらず、恐怖で声が震え、教科書を持つ手は字を目で追えないほど大きく震えだしたのでした。

授業で当てられたり、みんなの前で何か発表する時に、緊張するとかしないとかの感覚もなかった私でしたが、この日から、英語に限らずあらゆる授業で当てられる度に手が震え、声が震え、喉が詰まるようになってしまいました。

実は今もたまにあります。人前で話しをする時、特に何かを読むという時に、このことがフラッシュバックしてしまうのです。

社長になるために苦手を潰していこうとしている私に、大きな苦手が誕生してしまったのです。この苦手は社長のみならず、ビジネスパーソンにとっては大きな痛手でした。

ちなみにその時教科書を読めなかった私を、その先生は殴ることはなく、大きく震えている様をただただ笑っていました。極度の恐れとその怯えを露呈した恥ずかしさは、今これを書きながらも蘇り、しんどくなります。

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